傘は、遺言で受け継がれていた
イタリアから始まった、洋傘の物語
かつてヨーロッパで、傘は贅沢品でした。
富と権力の象徴として扱われ、誰がその傘を受け継ぐのかを遺言書に記すことも珍しくなかったといいます。
いま私たちが手にしている道具が、そこまでの価値を持っていた時代があります。
十三世紀、イタリアで傘は開くようになった
傘の起源は四千年前に遡るとされています。古代ギリシャやローマでは、高貴な身分の人が従者に持たせて歩くもので、日差しを避けるために用いられました。
当時の傘は、開いたままの状態で固定されていました。天蓋から発展したもので、たたむという発想がまだありません。
開いたり閉じたりできる傘が生まれたのは、十三世紀のイタリアだと言われています。
持ち歩ける道具になった瞬間です。
親骨には鯨のひげや木が用いられました。今日の傘の原型が、このときに形づくられています。
王家の婚姻とともに、海を渡る
イタリアで生まれた日傘は、まずスペインとポルトガルへ広がりました。
フランスへ伝わったのは1533年。フィレンツェのメディチ家のカトリーヌが、のちのアンリ二世となる王子のもとへ嫁いだときのことだと伝えられています。
嫁入り道具として傘が海を渡った。そのこと自体が、当時の傘の価値を物語っています。
十八世紀のフランスでは、ルノワールやモネが日傘をさす婦人を描きました。傘は絵画の主題になるほど、装いの一部として定着していきます。
雨が降っても、傘はささなかった
意外に思われるかもしれませんが、当時の傘は日傘でした。
雨が多いことで知られるイギリスでさえ、雨の日に傘をさす習慣は長くありませんでした。十八世紀に現在の構造に近い傘が開発されたあとも、人々は雨に濡れて歩いていたといいます。
傘は雨具ではなく、装身具だったからです。
日差しを避けるために持つもの。身分を示すために持つもの。実用の道具になるまでには、さらに時間がかかりました。
日本へ渡る
日本に洋傘が伝わったのは、江戸後期のことです。1804年、長崎に入港した唐船の積荷に「黄どんす傘一本」との記録があり、これが洋傘として特定できる最古のものとされています。
当時の洋傘は高価で、限られた人しか手にできませんでした。普及が進んだのは明治に入ってからです。
日本にはすでに和傘がありました。竹と和紙で組まれた、この土地の気候と暮らしに合った道具です。洋傘はその隣に、新しい装いとして加わっていきました。
四千年をかけて、
傘は日除けから雨具へ、
そして装いへと形を変えてきました。
受け継ぐという前提
Pasottiは1956年、北イタリアのマントヴァで創業しました。傘が開くようになった土地から、七世紀を経た場所です。
一本ずつ手仕事で仕立てるという方法を、いまも変えていません。ハンドルには真鍮や樹脂で象られた意匠が据えられ、生地にはイタリアで織られたものを用います。
万一の破損や経年の変化には、イタリアの工房と日本の提携修理店が対応します。骨が折れても、生地が傷んでも、直して使い続けることができます。
壊れたら買い替えるのではなく、直して使う。あるいは、次の世代へ渡す。
それは、傘が遺言で受け継がれていた時代から続く、ヨーロッパの傘の考え方です。
傘の起源や伝播の経緯には諸説あり、年代についても資料によって差異があります。本記事では一般に知られているものを中心にご紹介しました。